第8章第9章第10章第11章第12章第13章第14章 疫学研究において,研究対象者をリクルートし個人情報を集めることは,しばしば困難です。特に健康な人々のリクルートには苦労します。コホート研究においては曝露因子をもつ不健康な人の方が,症例対照研究においてはケース(アウトカムが発生した不健康な人)の方が,積極的に研究に参加してくれます。研究参加者の特徴の偏りがバイアスを起こす可能性には,常に注意しなければなりません。 健康な人々のリクルートには,電話帳や住民票を使う方法があります。しかし,振り込め詐欺や個人情報漏洩などさまざまな危険がはびこる現代を生きる私達にとって,このような方法がとても大変であることは,想像に難くありません。「ひと昔前だったら,人々はもう少し研究に協力してくれていたに違いない」と思われるかもしれません。しかし,そんな時代は「ひと昔前」ではなく「遥か遠い昔」のようです。 1991年にケース・クロスオーバー法を提案したMaclureの論文2)には,従来の症例対照研究の問題点として“Healthy representatives of the general population are no longer easy to recruit in the Boston area.”(ボストン地区では,一般人を代表する健康的な人々を募ることは,もはや簡単ではない)と書かれています。1960年後半に行われたコーヒーと下部尿路の悪性腫瘍についての症例対照研究では参加率が90%程度であったのに対し,1980年代に行われたアスベストと腎がんについての症例対照研究では参加率が60%程度まで下がってしまった,とのことです。1980年代にはすでに,人々は個人情報提供に消極的になっていたのでしょうか。 そこでMaclureが考えた対処法が,ケース・クロスオーバー法であったというわけです。この方法ならば,アウトカムが発生した人から(ケース期間とコントロール期間に関する)情報を収集するだけで研究が成立します。その後1995年に,Farringtonが自己対照ケースシリーズを考案しました。この方法を用いれば,アウトカムが発生した人から(曝露がある期間とない期間に関する)情報を収集するだけで研究が成立します。 どちらの方法も,健康な研究協力者探しに奔走する必要がありません。その意味で,大変ありがたい研究デザインです。 (岩上将夫)189Column研究対象者のリクルートは難しい第11章 ● 自己対照研究デザイン
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