75
い状態であり,終末期で比較的循環動態の安定した慢性膀胱出血の場合には,晩期
合併症に対して配慮する必要がないことから放射線治療を優先してもよいかもしれ
ない。
1—3 尿路変向
膀胱より肉眼的血尿を認める場合,血尿の程度にもよるが,凝血塊を形成して膀
胱タンポナーデを引き起こし,下腹部痛の原因になると同時に尿閉に伴う腎機能低
下(腎後性腎不全
*
1
)を発症する可能性もある。膀胱からの出血の制御が不可能で,
もはや凝血塊を取り除くことが不可能になった場合,先の膀胱タンポナーデによる
下腹部痛と腎機能障害を回避する目的で,尿路の変更を選択肢の一つとすることが
できる。また,尿と凝血塊の接触があると,ウロキナーゼの作用によりいったん止
血が図られた出血点の再出血を引き起こす可能性があり,それを回避する目的でも
尿路変向を考慮することができる。尿路変向には回腸導管
*
2
などの腸管を用いた手
法や尿管そのもののストーマを両側腹部に作成する尿管皮膚ろう
*
3
,さらに簡便な
方法として両側の腎ろう
*
4
が挙げられる。腸管を用いた尿路変向や両側の尿管皮膚
ろうなどは一般的に麻酔下での手術手技が必要となり,患者の全身状態が芳しくな
い場合には容易に選択はできない。文献上での尿路変向についての知見では,いず
れも後ろ向きの症例集積研究が散見されるのみである。尿路変向を行う際に出血の
コントロールを目的に膀胱全摘を追加する是非については,知り得た範囲の文献に
おいて推奨できる根拠は乏しかった。全身状態の悪い終末期がん患者において,膀
胱全摘を追加することを積極的に推奨することはできない。
膀胱全摘を追加せず尿路変向のみを行った知見としては,Abtらがレビュー文
献
2)
で放射線治療後の難治性の血尿の症例に対して尿路変向を行った16例中11例
の血尿の制御に有効であった文献を紹介している。しかし,膀胱全摘と尿路変向に
ついての知見をあたると,performance status(PS)が不良のため膀胱全摘後の尿
路変向で回腸導管を選択しえないか,危機的状態のために膀胱全摘および尿管皮膚
ろう造設が行われた41例の報告では,全例で輸血を必要としたがこのような全身状
態不良の症例においても術死は経験されていないとしている。しかし,術後早期合
併症は30例で認め,再手術が7例に行われ,術後30日以上経過した後に2例が死
亡している
10)
。また,血尿の制御のみを目的とした知見ではないが,75歳以上の高
齢者集団に膀胱がんの根治または膀胱がんによる疼痛や血尿などの症状緩和の目的
で膀胱全摘を行った報告
11)
では,尿路変向を回腸導管46例,尿管皮膚ろう6例,結
腸導管1例の内訳で施行し,手術時間中央値は300分,出血は中央値500 mLで,
53例中33例は輸血を必要とし,入院期間は中央値28日であったとしている。根治
または症状緩和の治療目的別に合併症発生率や死亡率が評価されており,術中合併
症は根治を目的としたグループA(46例)では内腸骨静脈の損傷2例,直腸損傷1
例である。症状緩和を目的としたグループB(7例)では1例に小腸損傷を認めた。
死亡はA,Bグループともに2例で,術後早期合併症ではA群にリンパ瘤を認め
た。全群での生存期間中央値は2年であったが,ASA PS ClassificationⅡの群は2.2
年,Ⅲの群は1.6年,Ⅳの群は70日と全身状態が悪化するに従って生存期間は短縮
する傾向であった
10)
。症状緩和を目的としたグループBではASA PS Classification
Ⅳの症例も含み7例中2例の死亡を認めている。これらの知見に基づけば,膀胱全
*
1:腎後性腎不全
腎からの尿流が体外に排泄さ
れず水腎症を来し,水腎症に
よる腎盂内圧の上昇のために
尿が産生されなくなった状態。
*
2:回腸導管
遊離した回腸の一部に尿管を
吻合し,回腸の蠕動を利用し
て臍の右側に作成した排泄口
(ストーマ)から尿を体外に排
出させる方法。蓄尿の袋を皮
膚に貼り付ける必要がある。
*
3:尿管皮膚ろう
切断した尿管を直接腹壁,皮
膚を貫いて皮膚に吻合し,尿
を体外に排出する方法。蓄尿
の袋を皮膚に貼り付ける必要
がある。
*
4:腎ろう
腎盂から腎実質,筋肉,体表
を貫通し体外にいたる人工的
なろう孔。多くは超音波ガイ
ド下に経皮的に形成される。
腎盂・腎杯に溜まった尿をカ
テーテルを通して体外に導く
方法。
Ⅲ
章
推
奨
1 血 尿