Ⅲ章臨床疑問生存を評価したが,該当した研究は,不安,抑うつをアウトカムに設定した研究のみであった。 Saltら1)は,緩和ケアを受けている成人の不安症状に対する薬物療法の効果の検討を目的にシステマティックレビューを行った。しかし,包含基準を満たす研究はなく,結論を導くためのエビデンスは得られなかった。抗不安薬の効果を検証した研究もなかった。Ngら2)は,がん患者を対象としたうつ病の薬物療法の有用性を検討することを目的にシステマティックレビューを行い,抗不安薬については後述するHollandらの論文だけが包含された。 Waldら3)は,入院および外来のがん患者のうち,DSM-Ⅲで全般性不安障害,パニック障害,不安を伴う適応障害のいずれかを満たす患者36名を対象に,プラセボ群とアルプラゾラム群に割り付けた二重盲検ランダム化比較試験を行い,1週間ごとに4週後まで比較した。その結果,両群とも最初の1週間で不安,抑うつとも有意に低下したが両群間に有意差はなく,4週後まで同様であったことから,アルプラゾラムの有用性は示されなかった。アルプラゾラムの副作用は一過性の眠気や倦怠感であった。 Hollandら4)は不安や抑うつのスケールの値がカットオフ値以上(COVI Anxiety ScaleまたはRaskin Depression Scaleが6点以上)のがん患者を対象として,アルプラゾラム群と漸進的筋弛緩法群に割り付け,10日目に不安と抑うつが軽減しているかを非盲検ランダム化比較試験で検証した。174名が参加して147名が治療を完遂し,両群において,介入前と比較して介入後で不安や抑うつは有意に改善した。著者らは,アルプラゾラム群は漸進的筋弛緩法群に比べて不安や抑うつの改善度が大きく,アルプラゾラムが漸進的筋弛緩法よりも有効であるとしたが,それに関する詳細な統計学的検討は記述されていなかった。アルプラゾラムの副作用として眠気や会話の緩慢さがあり,一部の患者で治療中断や減量を要した。◉解 説 がん患者の気持ちのつらさに対するベンゾジアゼピン系抗不安薬の効果について調べた研究は少なく,プラセボとの有意差を認めない小規模なランダム化比較試験が1件と,漸進的筋弛緩法を対照としてアルプラゾラムの優位性を示唆するHollandらの非盲検ランダム化比較試験が1件あるのみで,その有用性を支持するエビデンスは極めて弱いものであった。漸進的筋弛緩法を含むリラクセーション法については,自覚的な抑うつ症状に対して,治療しない状況や最小限の治療に比べて有効性を示すメタアナリシスが存在するa)。よって,Hol-landらの研究はプラセボ対照比較試験ではないものの,プラセボと同等かそれ以上の効果を有する漸進的筋弛緩法との比較であるため,アルプラゾラムが不安・抑うつに有効と考えた。 上記以外には,観察研究を含めても本臨床疑問に合致する研究はなかった。また,セロトニン作動性抗不安薬や抗ヒスタミン薬のヒドロキシジンと,がん患者の気持ちのつらさに関する研究も存在しなかった。 以上のように,がん患者の気持ちのつらさに対する抗不安薬の効果を調べた研究は乏しい。 一方,ベンゾジアゼピン系抗不安薬は,わが国の薬剤添付文書上,うつ病や心身症,神経症における不安,緊張,抑うつ,睡眠障害などを適応症としている。また,がん患者に限定しない,不安症状や抑うつ症状を呈する精神疾患に対して,ベンゾジアゼピン系抗不安薬の有効性が以下の通り示唆されている。臨床疑問1 215
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