第1章生理学的予備能3.個人差 27図1 Homeostenosisの概念図加齢に伴い生理機能は低下する。同じストレスでも,高齢者は機能上限を超え,好ましくない転帰になることがある。(文献1より作成)もとに戻るストレス生理学的な限界 これを超えるともとに戻らない加齢ストレス 高齢者はさまざまな内的・外的ストレスに対して脆弱な集団である。元来ヒトには,何らかのストレス負荷にあたっても生体の機能を維持できるよう,内部整合性を保つように調整する,いわゆるhomeostasis機構が存在している。しかし,加齢に伴いこの予備能は低下し,ストレス負荷に対する影響を受けやすくなっていき,入院や要介護状態,場合によっては死亡という帰結に至りやすくなる。Crowdryは,homeostasisとstenosisという単語を組み合わせて,“homeostenosis”という造語でこれを表現した(図1)1)。例えば,高齢の肺腺がんの患者に細胞障害性抗がん薬を投与する場合,多くの腫瘍医は,若年者の標準治療であるシスプラチンベースの多剤併用化学療法を選択せず,強度を減弱させた治療として,カルボプラチンベースの多剤併用化学療法や単剤での化学療法を選択している。これは,高齢者のhomeoste-nosisに対する配慮と言える。認知機能の低下した高齢者が入院すると,「せん妄」という一種の意識障害に陥ることが多い。これも,高齢者が日常生活で慣れ親しんだ環境とは異なる環境におかれるというストレスが,その患者にとって耐え得る上限を超えてしまった場合に,その帰結として生じる事象であると理解できる。がん治療の意思決定にあたっても「現状維持」,つまり現在の生活がそのまま続けられるような治療方法を好む傾向にあり,一般にその許容範囲は狭い。 生理機能は加齢とともに低下していく。例えば,腎機能の加齢変化に関し,LindemanがBalti-more Longitudinal Study of Aging(BLSA)のデータをもとに報告したところによると2),10年間で7.5~10 mL/minのクレアチニンクリアランス(Ccr)の低下がみられ,また,まったく腎機能が低下しない群,わずかに低下する群,大きく1.高齢者の脆弱性とがんの治療方針2.高齢者の生理機能の脆弱性と多様性個人差3
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