iii発刊に寄せて一般社団法人 日本遺伝性腫瘍学会 「がんが遺伝する」という概念は,100年以上前から存在していましたが,いくつかの有名な遺伝性腫瘍症候群を除けば,今日に至るまで一般の医療者の認知度はきわめて低かったといっても過言ではありません。臨床遺伝学や遺伝子解析技術が飛躍的に進歩した1990年代以降,遺伝性腫瘍症候群に関する認知度が世界的に高まる中,遺伝性乳癌卵巣癌に対するリスク低減手術が米国を中心に急速に普及し,わが国でも現在は保険診療として実施されています。さらに,2019年からわが国でも包括的がんゲノムプロファイリング検査が実装され,二次的所見(生殖細胞系列所見)への対応が急務となりました。 一般社団法人 日本遺伝性腫瘍学会は設立以来30年間を通じ,遺伝性腫瘍症候群に関する基礎的研究・臨床研究を一貫して行ってまいりました。また,設立当初から多職種で遺伝性腫瘍症候群の患者さん・家族への対応を行う重要性を発信し続け,人材育成に関するさまざまな事業を展開して参りました。遺伝性腫瘍症候群のマネジメントは,①正確な診断,②適切な治療,③生涯にわたるサーベイランス,④血縁者への対応,の4本柱から成り立っています。しかしながら,わが国では,遺伝性腫瘍症候群の診断(遺伝学的診断)そのものが,十分普及しておらず,実地臨床の場において遺伝性腫瘍症候群の患者さん(がん罹患の有無にかかわらず)に対する十分な医学管理が提供できていません。 海外では,遺伝性腫瘍症候群に対するリスク評価を通じて,その情報は個人の健康管理に活用されています。リスク評価の具体的な方法として,一度に数遺伝子から数十遺伝子を解析する多遺伝子パネルによる遺伝学的検査の有用性が広く認識されています。しかしながら,多遺伝子パネル検査に関するガイドラインや指針は今までほとんどありませんでした。日本遺伝性腫瘍学会では2023年3月に学術・教育委員会を中心に多遺伝子パネル検査に関わる診療指針(仮称)を作成することを決定しました。その後,厚生労働科学研究費補助金 がん対策推進総合研究事業(平沢班)と共同で作成作業を開始しました。短期間ではありましたが,関係各位のご尽力により,予定通りの発刊となりました。特に,きわめて限られた期間に外部評価をご担当いただいた個人・関連学会の方々には深く御礼申し上げる次第です。 遺伝性腫瘍症候群やがんゲノム医療にかかわる医療者・研究者におかれましては,本書を常に手元に置いていただき,遺伝性腫瘍症候群に対する診療レベルの向上,ひいては遺伝性腫瘍症候群の患者さん(未発症者を含む)と血縁者の方々の健康管理・増進に貢献いただくことを願ってやみません。 令和7(2025)年3月理事長 石田 秀行
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