iv 本書は,遺伝性腫瘍症候群の診療における多遺伝子パネル検査(MGPT)の適切な活用を推進し,国民一人ひとりに最適な遺伝性腫瘍症候群診療を提供するための手引きになることを目指して作成しました。 近年の次世代シークエンサーの高速化と低価格化や,2013年米国連邦最高裁判所のMyriad Genetics社に対する□□□□□/□遺伝子特許保護適格性否定の判決などを背景に,海外では,遺伝性腫瘍症候群診断のための遺伝学的検査は従来の家族歴や臨床所見に基づく1〜数遺伝子の検索から,多遺伝子パネル検査(multigene panel testing:MGPT)へと主流が移っています。わが国においても,2017年頃からMGPTが臨床検査として実地診療に導入され,着実に広がりをみせています。 これまで,遺伝性腫瘍症候群に関する指針としては,症候群全体を俯瞰したもの,あるいは特定の臓器に焦点を当てたものが国内外で発刊されてきました。しかし,低〜中感受性遺伝子を含めた遺伝性腫瘍症候群関連遺伝子のエビデンスを網羅的にまとめた指針は存在しませんでした。 日本遺伝性腫瘍学会学術・教育委員会は,遺伝性腫瘍症候群関連遺伝子に関する情報と臨床上の扱いを包括的に提示する方法を模索していました。MGPTに関する包括的な指針は海外でも未整備であり,日本での作成には困難が伴うとの声もありました。しかし,日本遺伝性腫瘍学会理事会は,遺伝性腫瘍症候群とMGPTに関する指針作成を決断しました。そして令和6年度から開始した厚生労働科学研究費補助金 がん対策推進総合研究事業「ゲノム情報に応じたがん予防にかかる指針の策定と遺伝性腫瘍に関する医療・社会体制の整備および国民の理解と参画に関する研究」班の課題として,日本遺伝性腫瘍学会との共同編集により,本手引きの発刊に至りました。 手引き作成にあたっては,作成委員間で活発な議論が交わされましたが,それぞれのもつ多様な専門性を尊重し,真摯に議論を重ねることで,合意形成に至ることができました。多くの皆様の多大なるご尽力により,世界に先駆けて遺伝性腫瘍症候群に関する指針を策定できたことに深く感謝申し上げます。 わが国では,がんゲノム医療は「がん患者の腫瘍部および正常部のゲノム情報を用いて治療の最適化・予後予測・発症予防を行う医療(未発症者も対象とすることがある。またゲノム以外のマルチオミックス情報も含める)」と定義されています〔がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会報告書〜国民参加型がんゲノム医療の構築に向けて〜(厚生労働省HP平成29年6月27日より)〕。令和元年6月にはがん遺伝子パネル検査が保険収載され,治療の最適化を目指すがんゲノム医療が本格的に開始しました。しかし,遺伝情報に基づいた発症予防が,未発症者も含めて実地診療に広く導入された時こそ,わが国のがんゲノム医療が真に開始したといえます。 本手引きは遺伝性腫瘍症候群をがん未発症者,既発症者に分けて考えることはしていません。遺伝性腫瘍症候群はがんを発症しやすいという遺伝的な特性であり,遺伝子バリアントに関連するがんはその表現型の一つである,そして遺伝性腫瘍症候群の診断は遺伝学的検査によってのみなされるという基本概念に基づいています。 遺伝情報は本人のものですが,本人だけのものではなく,血縁者で共有します。このことから,私は,遺伝性腫瘍症候群の診療は究極の家庭医療・地域医療であると考えています。本手引きを基盤として,今後,遺伝性腫瘍症候群の診療体制の強化,医療者の人材育成,国民との情報共有など,様々な取り組みを進めていく必要があります。そして,将来的には,腫瘍罹患のリスクを知りたいすべての人が,適切な医療を受けられる社会を実現したいと考えています。巻頭言
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