論1120第1章 遺伝性腫瘍症候群の総論1 1 遺伝性腫瘍症候群の基礎的事項1. 名称の変遷 100年以上前から悪性腫瘍が血縁者内あるいは家族内に多発すること(家族集積性)が知られていた 1)。これらの腫瘍は総括して家族性腫瘍(familial tumor)あるいは家族性がん(familial cancer)と呼称されていた。家族集積性腫瘍の原因となるがん易罹患性遺伝子(cancer predis-position geneもしくはcancer susceptibility gene)が1990年代から相次いで同定され,家族集積性や遺伝形式に関わらず,腫瘍の発症にがん易罹患性遺伝子が強く関与することが明らかな疾患ないし腫瘍自体を遺伝性腫瘍(hereditary tumor,hereditary cancer)と呼称するようになった。しかしながら,現在においても家族性腫瘍と遺伝性腫瘍の明確な区別はされず,日常診療では両者の呼称が用いられている。分子遺伝学的研究の進歩により,がん易罹患性遺伝子の概念が広まり,近年では海外を中心に遺伝性腫瘍の名称よりも,遺伝性がん易罹患症候群(hereditary cancer predisposition syndrome)あるいは遺伝性腫瘍症候群(hereditary cancer syndrome)が用いられることが多くなった。これらの用語の相違には専門家によってもさまざまな見解があり,明確な鑑別基準は設けられていない。こういった背景を考慮し,本手引きでは遺伝性腫瘍症候群を「がん易罹患性遺伝子の生殖細胞系列病的バリアント保持を原因とする症候群」を示す用語として定義し,がんの未発症,既発症の有無を問わない概念とした。2. 遺伝性腫瘍症候群の特徴 遺伝性腫瘍症候群は,特定の複数の臓器にがんを発症しやすい傾向があり(表1-1),ときにがんではない症候も有する。また,特定の臓器に関連するがん易罹患性遺伝子は,がん種により異なる。遺伝性腫瘍症候群の疾患概念の中には,原因となるGPVを有していても,疾患に関連する腫瘍が発生していない,いわゆるがん未発症状態(未発症者)も含まれる。 遺伝性腫瘍症候群の特徴として現病歴・既往歴では,①若年(一般の好発年齢より有意に若く)でのがん発症,②多重性,重複性,あるいは両側性のがん,③特徴的な組織型のがん,④特徴的な身体所見,⑤発生頻度が低い希少がんなどが挙げられる。また,家族歴では,特定のがんの家系内集積が挙げられる。現病歴・既往歴および家族歴の聴取から特定のがんの集積情報を得て,遺伝性腫瘍症候群を想定できることがある。3. GPVが有する遺伝情報の特性 (→第2章:BQ6,BQ9参照) GPVはがん患者の10%前後に存在すると推定されている。GPVは,①本人にとって不変性,②血縁者との共有性,③予見性・予測性,④あいまい性といった遺伝情報の4つの特性を有する医療情報である(表1-2)。4. 発症リスクによる遺伝子の分類 (→第2章:BQ7,第4章参照) 遺伝性腫瘍症候群では,どの遺伝子にGPVがあるかによって,発症しやすいがんの種類や,がんの発症リスク(浸透率)は異なる。 がん易罹患性遺伝子は遺伝子により浸透率は異なり,がん易罹患性遺伝子のGPVを有している総遺伝性腫瘍症候群の概要
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