体内には,腸内細菌叢に代表されるさまざまな微生物叢が存在し,マイクロバイオームと呼ばれる。次世代シークエンス技術の登場と,それを解析するバイオインフォーマティクスの進歩により,従来培養が難しく詳細な解析が困難であった多種多様な細菌叢を一気に総合的に解析することが可能となり,その研究は飛躍的に進歩した。 人体内では,皮膚や口腔内,泌尿生殖器などさまざまな部位に常在細菌叢が認められるが,大腸は細菌の生育にとって最適な環境と考えられ,あらゆる環境の中でも群を抜いて高密度の細菌が生息している。ヨーロッパ人の糞便中の細菌叢が保有する遺伝子数はおよそ 50 万と見積もられ,ヒトの遺伝子数およそ 2万と比較しても,その数の多さがわかる1)。こうした腸内細菌叢は,その代謝産物や腸管免疫と相互に関係をもちながら独自の生態系を形成していると考えられており,さまざまな生体機能や疾患との関係が研究されている。 最近の研究で,マイクロバイオームは免疫のほか,代謝やホルモン,さらに,疾患においては肥満や炎症性腸疾患,糖尿病,代謝疾患,心血管疾患,うつやパーキンソン病・アルツハイマー病等の神経疾患のほか,がんの発生や進展に関連することが示され,さらにそれらの治療や治療効果との関連が次々と示されてきている。また,運動能力と腸内細菌叢の研究が行われ,マラソン選手が走った後に上昇した腸内細菌をマウスに強制注入したところ,マウスの運動能力(トレッドミルの走行時間)が有意に高まったことが報告されている2)。 こうした腸内細菌叢は地域や国による違いが報告されており3),また食事との関係も報告されている。代表的な食事指標と腸内細菌叢の構成に関連があることや,コーヒーが特定の細菌(酪酸産生菌)と強い相関があることが報告されている4)。さらに,肥満と腸内細菌叢の関連も報告されており,肥満者の腸内細菌叢は通常と異なっており,食事からより多くのエネルギーを抽出していることが報告されている。 免疫においては,腸内細菌叢は主要なモデュレーターと考えられている。末梢血のリンパ球数が特定の細菌叢と関連することが報告され,マイクロバイオームと NLR(好中球リンパ球比)との関連も示唆されている5)。また,マイクロバイオームが腫瘍の微小環境や免疫環境に関連することも示された6)7)。治療との関連では,免疫チェックポイント阻害薬の効果が特定の細菌と関連することや,細菌の代謝産物が T 細胞の機能に関与し,化学療法の効果に影響することも示されている8)9)。また,抗菌薬を使用した症例では,使用していない症例に比べて,免疫チェックポイント阻害薬の治療による無増悪生存が劣ることや,免疫チェックポイント阻害薬が奏効した患者からの便を移植したマウスでは抗 PD‒1 抗体に良好な反応を示したが,治療効果のない患者の便を移植したマウスでは反応を示さなかったと報告されている9)。実際にがん患者の臨床試験で糞便移植は試されており,免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を改善することや,有害事象(irAE)の軽減に有望な結果となっている10)。このように,マイクロバイオームは生体の生理機能や病態と密接に関連しており,今後,病態の解明や治療応用,さらには健康維持・増進にも大きく貢献していくと考えられる。COLUMN 腸内細菌叢研究の話題参考文献 1) Qin J, et al. Nature. 2010; 464(7285): 59‒65. 2) Scheiman J, et al. Nat Med. 2019; 25(7): 1104‒9. 3) Nishijima S, et al. DNA Res. 2016; 23(2): 125‒33. 4) Asnicar F, et al. Nat Med. 2021; 27(2): 321‒32. 5) Schluter J, et al. Nature. 2020; 588(7837): 303‒7.(上野貴之)814.バイオロジー/COLUMN 6) Lam KC, et al. Cell. 2021; 184(21): 5338‒56. 7) McCoy KD, et al. Cell. 2021; 184(21): 5301‒3. 8) He Y, et al. Cell Metab. 2021; 33(5): 988‒1000.e1007. 9) Routy B, et al. Science. 2018; 359(6371): 91‒7. 10) Routy B, et al. Nat Med. 2023; 29(8): 2121‒32.
元のページ ../index.html#13