1655Ⅳ. SSI予防としての 抗菌薬の投与期間の考え方る。また,術中に腸管などの臓器を切除する際には,粘膜面に常在する細菌の汚染は避けられない。さらに,手術室の環境中に浮遊する細菌や,術者のグローブのピンホールからの汚染も起こり得る。そのため,手術中の細菌汚染は避けられないと考えるべきであり,細菌の汚染が術創に起こったとしても感染症を発症しないように予防するのが,周術期感染予防の目的である。SSIは開創後から閉創までの間に起こることがほとんどである。そのため,開創時に,抗菌薬の濃度が十分な殺菌作用を示す血中濃度,組織中濃度が必要であり,薬物動態を考慮して,原則として開創の1時間前以内の投与が推奨されている1,2)。体内動態と投与法の関係から,バンコマイシンとフルオロキノロンを投与する場合には開創の2時間前以内とされている。その他,帝王切開では胎児への移行を考慮して臍帯クランプ後に投与するなど,各術式に応じた投与開始タイミングが推奨されている。この点はWHOのガイドラインでは細かく分けることなく2時間以内としている3)。投与期間については,開創から閉創するまでの間が基本である。この概念を理解するためには,抗微生物薬の役割についての理解が重要である。抗菌薬などの抗微生物薬のみで感染症の発症は抑えられるのではなく,生体側の防御機構との相加効果で感染症は予防される。手術により露出した粘膜面や臓器に細菌の汚染が起これば,細菌は増殖し,感染症を併発する原因となる。これらの汚染した細菌を除去するのは,本質的には生体の防御機構であり,滲出してきた体液の中の抗体や補体と遊走してくる好中球の働きによって開放臓器や粘膜に汚染した細菌は除去されることになる。しかし,生体側の防御機構が作動するまでには数時間の時間を要し,その間に,創面や粘膜面に付着した細菌は,増殖し,バイオフィルムを形成し,感染防御機構に抵抗することができるようになる。たとえば,人工関節の置換術について述べれば,人工関節表面は数時間で生体のglycoproteinによって覆われる。glycopro-teinは細菌にとって付着受容体となり,そこを足場として細菌は増殖を始める。一方,好中球が局所に遊走するのには2〜5時間を要し,その間,細菌はglycocalyxを産生し,生体物質を取り込み,バイオフィルムを形成する。バイオフィルムは抗菌薬の浸透や,遊走してきた好中球の貪食を阻害する(図1a)。したがって,細菌の汚染が粘膜面や創面に起こっても,生体防御機構が有効に働くまでの間,細菌の増殖を抑制するために周術期感染予防としての抗菌薬投与を行う(図1b)。化学療法学会と日本外科感染症学会の手術創分類別の予防投薬の適応について表21)に示す。予防抗菌薬は,ランダム化比較臨床試験(random-izedcontrolledtrial;RCT)により非使用の場合と比較し有意にSSIが低率となる手術において適応となる。ただし多くの清潔創(クラスⅠ)では,本来SSI発症率がきわめて低率であり,予防抗菌薬の有用性の証明は困難である。RCTでの証拠がない場合でも,ひとたび感染が起こると重篤な結果を招くような手術(脳神経外科,心臓血管外科手術など)やSSIリスク因子を有する症例では予防抗菌薬の適応とすべきである。周術期予防抗菌薬の投与量は,予防抗菌薬であっても治療量を用いる(表3)。適切な抗菌薬濃度を維持するため,術中の再投与は通常,半減期の2倍を超えたら追加する。たとえば,CEZ(cefazolin)では3〜4時間ごとであり,その他のⅤ.予防投薬の適応Ⅵ.投与量と投与回数
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