治療指針・治療戦略* Yukichi ZENKE,産業医科大学病院,外傷再建セⅣⅣ善家 雄吉*要旨橈骨遠位端骨折は,救急外来における全骨折の約20%を占め,発表されたレビュー文献は過去5年間で1,000編以上と,われわれ整形外科医にとって遭遇する機会の多い重要な骨折の一つといえる。根拠に基づいた医療の実践には,多くの臨床論文から常に知識を得る必要があるが,過去に行われてきた治療の変遷を知ることも重要である。まずバックグラウンドとして,筆者が過去に自ら経験してきた橈骨遠位端骨折治療の変遷についてその根拠とともに述べた。次に,各時期におけるclinical questionを解決するために行ってきた臨床の実際についてまとめた。そして,現在地を知るためには,最近の文献上のトピックスをレビューする必要があるが,本邦での報告に関しては,日手会誌と骨折誌の傾向の違いについて検討した。また,海外での報告に関してはシステマティック・レビューの手法を用いて近年の論文の傾向を調査し,今後のトレンドについても予測した。 橈骨遠位端骨折(distal radius fracture;DRF)は,単純X線のない時代には手関節の脱臼と考えられていたことはよく知られている。1814年にアイルランドのAbraham Colles(1773~1843年)が論文「On the fracture of the carpal extremity of the radius」1)を報告したが,本報告がDRFとして初めてのものとされている。このDRFについての記述の中で,予後について「かなりの時間が経つと,変形は生涯残るものの関節の動きはほぼ完全に自由に動くようになり痛みもなくなる」と記載されている2)。以後,この考え方が本骨折に対する治療方針に大きく影響を与えてきたようである。加えて「この骨折を脱臼と誤診し,適切な治Changes in distal radius fracture treatment and where we are now;who and what has the latest treatment in each era brought?ンターKeywordstion of the treatment, Future prospectsDistal radius fracture, Historical evolu-療をしないと患者は何カ月もの間かなりの不具合と関節拘縮に悩まされ,手関節や手指を曲げようとした時の強い痛みに耐えなければならなくしてしまう。変形は生涯残るかも知れないが,かなりの時間が経てば,自由に動くようになり,痛みもなくなるでしょうと慰めるしかない」とも記載されている2)。 また,1838年にアメリカ ペンシルバニアのJohn Rhea Barton(1794~1871年)が橈骨遠位端背側縁の骨折を伴う手関節の背側脱臼について報告し,まれではあるが掌側縁の骨折と手関節の掌側亜脱臼が生じることを報告している。さらに,1847年にCollesと同じアイルランドのRobert William Smith(1807~1873年)が,DRFの中に遠位骨片が掌側に転位することがあることを自身の著書のなかで詳しく記載し,Reverse Collesとして本骨折型を世間に広く認知させたとしている。このような本骨折の歴史的変遷に関しては,名著『橈骨遠位端骨折 進歩と治療法の選択2)』に整・災外67:509 520,2024― 509 ―は じ め に治療指針・治療戦略橈骨遠位端骨折治療の変遷と現在地―各時代の最新治療は誰に何をもたらしてきたのか?―
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