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ニッチなディジーズ あなたがみたことのない病気を診断するための講義録
レアな疾患を診断するためのスキルを講義形式で楽しくレクチャー!
評者:忽那 賢志 国立国際医療研究センター 国際感染症センター
■出会ったことがない病気を診断するために
ニッチなディジーズ…要するに稀な疾患のことである。私もこれまでに「本邦初の○○」といった感染症をいくつか診断している“ゼブラハンター”なのだが、そんな私を「あいつはシマウマ探しばかりしてるだけだ」などと揶揄する人もいるという。しかし、稀な疾患の診断というのは医師にとって、まさに國松氏の言うとおり「僥倖」なのである。
近い将来、AIの技術が医師の仕事を奪っていくことになるだろう。内視鏡検査、超音波検査、そして外科手術まで…。しかし、そうしたなかで一番AIに取って代わられにくい領域はどこか? 2017年4月に開催されたあるシンポジウムでそうした質問に対して、AI技術の専門科である医療CGプロデューサー瀬尾拡史氏とメディアアーティストの落合陽一氏は「超珍しい病気の診断はAIにはできないだろう」と答えていた。話している内容が難しすぎて半分くらいしか理解できなかったが、要するに“超珍しい疾患”だと統計的な処理ができずAIには向かないとのことであった。すなわち、“ニッチなディジーズ”を診断することは医師に残された最後の聖域とも言える。
國松氏の思考プロセスを惜しげもなく披露
“ニッチなディジーズ”は、その名の通り稀な疾患をどうやって診断するのかについて書かれた本である。著者の國松氏は国立国際医療研究センター病院 総合診療科の医師であるが、私も國松氏と同じ病院に勤務しときどき症例相談をしている立場である。たとえば不明熱症例のコンサルテーションをする際には、いわゆる「不明熱としてよくある疾患」はすでに除外されており、まさに國松氏に泣きつく状態でのコンサルテーションとなる。そんなときに國松氏からは「いや、この振る舞いはリンパ腫的ではないですね…」とか「TRAPS(TNF受容体関連周期性症候群)もあり得そうですね…」とか、核心をついた答えがポンポンと帰ってくるのである。これは国立国際医療研究センター病院で働く者の役得といえるだろう。
それにしても私と1つしか学年が違わない國松氏から、なぜレアな疾患を知り尽くしたような回答が帰ってくるのであろうか。ナショナルセンターの総合診療科ということで“ニッチなディジーズ”がたくさん集まってくるということはあるだろうが、いくらなんでも稀な疾患ばかりを診まくっているわけではないだろうに不思議だなあと思っていたのだが、この本を読んでようやく理解した。あまり書いてしまうと本を読む楽しみがなくなってしまうが、なぜ彼がニッチなディジーズを的確に捉えることができるのか、どうすれば初見であっても正しく診断できるようになるのか、いわば「國松氏のアタマの中」について本書では解説されている。このような書籍はこれまでになかったのではないだろうか。
たとえば第7講に登場する「病態の分類」。これは國松氏によるオリジナルの疾患の分類であるが、彼がどのように疾患を捉えているのかが分かる秀逸な分類法であると思う。あるいは第2講のタイトル「カタマリをつくらないリンパ腫」。このように、氏は稀な疾患を國松フィルターを通して分類・咀嚼し、自分のアタマの中の引き出しに入れているのだろう。そしてそのアタマの中の開陳っぷりもまた見事である。稀な疾患の捉え方だけでなく、稀な疾患を診断するための勉強法や心構えについても紹介されている。
ぶっちゃけ本書に登場する疾患の半分は私にとって初めて聞いたようなレアな疾患であり「なんだよErdheim-Chester病って……エド・はるみかよ」という感じであるが、本書を読んだ後ではなんとなく私でも次から診断できるような気になってくるから不思議である。「ああ、エルドハイムちゃんね、はいはい」てなもんである。そう國松氏があとがきに書いているようにニッチなディジーズの診断は「そんな病気、出会うわけない」と思った瞬間に終了なのである(たぶん“SLAM DUNK”を意識して書いた一文だと思う)。
いつシマウマが来てもいいように、本書を読みZEBRA LOVERになってシマウマが来るのを待ち構えておこうじゃないか!
雑誌「総合診療」vol. 27 No.7、2017、医学書院より転載
■出会ったことがない病気を診断するために
ニッチなディジーズ…要するに稀な疾患のことである。私もこれまでに「本邦初の○○」といった感染症をいくつか診断している“ゼブラハンター”なのだが、そんな私を「あいつはシマウマ探しばかりしてるだけだ」などと揶揄する人もいるという。しかし、稀な疾患の診断というのは医師にとって、まさに國松氏の言うとおり「僥倖」なのである。
近い将来、AIの技術が医師の仕事を奪っていくことになるだろう。内視鏡検査、超音波検査、そして外科手術まで…。しかし、そうしたなかで一番AIに取って代わられにくい領域はどこか? 2017年4月に開催されたあるシンポジウムでそうした質問に対して、AI技術の専門科である医療CGプロデューサー瀬尾拡史氏とメディアアーティストの落合陽一氏は「超珍しい病気の診断はAIにはできないだろう」と答えていた。話している内容が難しすぎて半分くらいしか理解できなかったが、要するに“超珍しい疾患”だと統計的な処理ができずAIには向かないとのことであった。すなわち、“ニッチなディジーズ”を診断することは医師に残された最後の聖域とも言える。
國松氏の思考プロセスを惜しげもなく披露
“ニッチなディジーズ”は、その名の通り稀な疾患をどうやって診断するのかについて書かれた本である。著者の國松氏は国立国際医療研究センター病院 総合診療科の医師であるが、私も國松氏と同じ病院に勤務しときどき症例相談をしている立場である。たとえば不明熱症例のコンサルテーションをする際には、いわゆる「不明熱としてよくある疾患」はすでに除外されており、まさに國松氏に泣きつく状態でのコンサルテーションとなる。そんなときに國松氏からは「いや、この振る舞いはリンパ腫的ではないですね…」とか「TRAPS(TNF受容体関連周期性症候群)もあり得そうですね…」とか、核心をついた答えがポンポンと帰ってくるのである。これは国立国際医療研究センター病院で働く者の役得といえるだろう。
それにしても私と1つしか学年が違わない國松氏から、なぜレアな疾患を知り尽くしたような回答が帰ってくるのであろうか。ナショナルセンターの総合診療科ということで“ニッチなディジーズ”がたくさん集まってくるということはあるだろうが、いくらなんでも稀な疾患ばかりを診まくっているわけではないだろうに不思議だなあと思っていたのだが、この本を読んでようやく理解した。あまり書いてしまうと本を読む楽しみがなくなってしまうが、なぜ彼がニッチなディジーズを的確に捉えることができるのか、どうすれば初見であっても正しく診断できるようになるのか、いわば「國松氏のアタマの中」について本書では解説されている。このような書籍はこれまでになかったのではないだろうか。
たとえば第7講に登場する「病態の分類」。これは國松氏によるオリジナルの疾患の分類であるが、彼がどのように疾患を捉えているのかが分かる秀逸な分類法であると思う。あるいは第2講のタイトル「カタマリをつくらないリンパ腫」。このように、氏は稀な疾患を國松フィルターを通して分類・咀嚼し、自分のアタマの中の引き出しに入れているのだろう。そしてそのアタマの中の開陳っぷりもまた見事である。稀な疾患の捉え方だけでなく、稀な疾患を診断するための勉強法や心構えについても紹介されている。
ぶっちゃけ本書に登場する疾患の半分は私にとって初めて聞いたようなレアな疾患であり「なんだよErdheim-Chester病って……エド・はるみかよ」という感じであるが、本書を読んだ後ではなんとなく私でも次から診断できるような気になってくるから不思議である。「ああ、エルドハイムちゃんね、はいはい」てなもんである。そう國松氏があとがきに書いているようにニッチなディジーズの診断は「そんな病気、出会うわけない」と思った瞬間に終了なのである(たぶん“SLAM DUNK”を意識して書いた一文だと思う)。
いつシマウマが来てもいいように、本書を読みZEBRA LOVERになってシマウマが来るのを待ち構えておこうじゃないか!
雑誌「総合診療」vol. 27 No.7、2017、医学書院より転載