「緩和ケアにやりがいなんて、あるんですか?」
人と人が振動するとき、そこに人間が生まれる
医学書のふりをした、「人間の本」。
| 著 者 |
高橋 有我 |
| 定 価 |
2,750円 (2,500円+税) |
| 発行日 |
2026/06/22 |
| ISBN |
978-4-307-10234-6 |
四六判・336頁
陸の孤島のような、地方の療養型病院での緩和ケア――。そこには拍手もなく、賞賛もない。
「いま、この人の前で何ができるのか」を問い続ける日々のなかで感じた葛藤、迷い、怒り、無力感、そしてただ祈るしかなくなる瞬間――。
患者や家族とのエピソードを綴った物語は、次第に著者の内的な時間と交差して影響しあい、かつて覗いた“深淵”をはじめとする過去につながっていく――。
人はなぜ人の前に立ち続けるのか、静かに考え直すきっかけを提示する。
――緩和ケアにやりがいなんて、本当にあるんですか?
まえがき
第一章 深淵に出会った日
第二章 修行
第三章 緑に包まれた病院で ―緩和ケアの扉―
挿話 CCレモンを感じたい
第四章 「麻薬処方の免許、ありますか?」
第五章 後任の医師
第六章 「DNARだから、何もしないんでしょ?」
断章 涙に頼んだこと
第七章 ぬかるみに引く線
第八章 咳のお告げ ―ひっそりと身体に棲みついた死の影―
第九章 鎮静
挿話 ハッピーバースデーの向こう側
第十章 問いかけられた言葉――「緩和ケアにやりがいなんて、あるんですか?」
断章 「もう、心臓が壊れているんだ」―心臓の専門家との対話―
第十一章 出会った生きる力
第十二章 「緩和の人」「がん末の人」という言葉の違和感
第十三章 燃え尽きたなら、炭として
断章 不完全だからこそ
第十四章 それでも医療者はそこにいる
第十五章 無限大分の34
第十六章 潜水
断章 暗く見えるけど、実際は色がないだけ
第十七章 振動
挿話 塩
あとがき
まえがき
ある日の昼食後の休憩――。
病院の医局で、窓の外は曇天でした。
わたしの病院に、アルバイトで来ていた若手医師から問われました。
やわらかな表情のまま、何気なく、悪意もなく――。
「先生、緩和ケアに……やりがいって、あるんですか?」
「……」
思わず絶句しました。というか何も答えられなかった。
口調はおだやかでした。それでも、わたしの胸はズキリと痛みました。
その問いには、どこか素直さもあり、真っすぐな医学生・若手医師たちが胸に抱く感覚と、つながっているようにも思いました。
いや、若手であるとか、医師であるとかは関係なく、そういう感覚は案外、多くの医療者が胸のどこかに抱えているものかもしれません。
緩和って、敗北の医療?
治してなんぼ、でしょう?
ましてやこの陸の孤島のような、地方の療養型病院で緩和ケアが必要なの? できるの?
頭では、その問いの背景や理屈を理解できるつもりでした。
自分だって、そんなふうに考えていたことがありました。正直、いまだって、ふとした時にそんな風に感じることがある。
でも、身体やこころ、いや、わたしという「存在」にとっては、思いがけず深く突き刺さる問いかけとなりました。
けれど、その「痛み」さえともなう問いかけこそが、これまでのわたしの来しかたや、いまの在りかたを考える入り口になったのです。
緩和ケアとは何か。
医療とは、生死とは、人間とは、
そして――自分とは何か。
いつしかわたしは、自分の過去をさかのぼり、学び、働いてきた場所や、こころのなかのあちこちを旅して回りました。なぜかずっと覚えていた言葉が、光の当てかたで、別の表情を見せることもありました。気づけば、暗い森に迷い込んでしまったり、深い海に潜っていったこともあります。溺れそうになったことも。
この本は、そんなふうにして書かれた文章たちです。
何が正しいかを語る本ではありません。また、そんな資格もありません。
ただ、わたしの目の前で確かにあったこと、揺れたこと、祈ったこと、立ち尽くした時間を、そのまま書き残しました。
医学書のふりをした、「人間の本」。
偉そうに、そして少々格好つけていますが、そんな仕上がりになったつもりでいます。
たのしんで読んでいただけたら、幸いです。