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がん患者診療のための栄養治療ガイドライン 2024年版 総論編
がん栄養治療に関する、エビデンスに基づいた初の指針を刊行
がん患者の多くは、侵襲的な治療による栄養障害や、がんそのものの炎症や異化亢進などによる栄養障害を経験する。栄養障害は合併症の増加やQOL低下などさまざまな影響を及ぼすが、がん種やステージなどによって必要となる栄養治療は多様であり標準化に課題がある。本診療ガイドラインではMindsの方式に準拠し、4件の臨床疑問(CQ)についてエビデンスに基づく推奨を提示した。
また、「背景知識」の章ではがん患者に対する栄養治療の基礎知識から最新の知見までを解説し、患者・家族向けのQ&Aもコラムとして収載している。
本診療ガイドラインは、それぞれのがん種ではなく、さまざまながん種を広く対象とし、栄養治療に関する推奨、知識、情報を提供する。
また、「背景知識」の章ではがん患者に対する栄養治療の基礎知識から最新の知見までを解説し、患者・家族向けのQ&Aもコラムとして収載している。
本診療ガイドラインは、それぞれのがん種ではなく、さまざまながん種を広く対象とし、栄養治療に関する推奨、知識、情報を提供する。
ガイドラインサマリー
栄養治療アルゴリズム
第1章 本ガイドラインの基本理念・概要
1.作成組織・作成方針
1 作成組織
2 作成経過
2.スコープ
1 がん患者の栄養治療の基本的特徴
2 本ガイドラインが取り扱う内容に関する事項
3 システマティックレビューに関する事項
4 推奨作成から最終化,公開までに関する事項
5 背景知識とコラム
6 公開
7 公開後の取り組み
第2章 背景知識
1.がん診療における代謝・栄養学
1 がん患者と栄養治療
2 がん患者における代謝・栄養状態の変化
1 がん患者の栄養・代謝障害の疫学
2 がん患者における食事摂取量と体重の変化
3 がん悪液質
3 栄養代謝変化と臨床転帰
1 がん患者における代謝・栄養障害の関連症状
2 代謝・栄養障害による抗がん治療への影響
3 代謝・栄養障害と生命予後
4 がん診療における栄養治療
1 がん診療における栄養治療の目的
2 栄養治療で期待される効果
3 栄養治療の早期開始の意義
4 栄養治療における多職種連携の意義
2.栄養評価と治療の実際
1 栄養評価
1 栄養スクリーニング
2 栄養アセスメント
3 栄養士が行う栄養評価
2 エネルギーおよび栄養基質
1 エネルギー必要量
2 必要たんぱく量
3 エネルギー基質の選択
4 ビタミンと微量元素
3 栄養治療
1 栄養指導(栄養カウンセリング)の効果
2 栄養投与経路の選択
3 栄養治療の有害事象
4 在宅栄養治療
4 運動療法(またはリハビリテーション)
1 がん患者における複合的介入
2 運動療法の種類
5 栄養治療における薬物療法
1 副腎皮質ホルモン剤
2 n3系脂肪酸
3 消化管運動促進薬
4 アナモレリン塩酸塩
5 その他のわが国でがん患者に用いる栄養剤
3.特定の患者カテゴリーへの介入
1 手術療法を受ける患者(手術患者)
1 周術期の栄養治療について
2 術後早期回復プログラム(ERAS)について
3 栄養障害のある手術患者の栄養治療
4 周術期の免疫栄養(immunonutrition)
2 放射線療法を受ける患者
1 放射線療法における栄養障害
2 管理栄養士による栄養カウンセリングと経口栄養補助
3 嚥下障害への予防的対応
4 経鼻胃管もしくは内視鏡的胃瘻造設術による予防的経腸栄養投与経路の確保と
早期の経腸栄養による栄養治療の実施
5 経口摂取,経腸栄養不耐性の場合の静脈栄養治療の実施
6 グルタミンが放射線性粘膜炎を予防する効果
7 プロバイオティクスの放射線誘発性の下痢への効果
8 粘膜障害への成分栄養の効果
3 がん薬物療法を受ける患者
1 がん薬物療法における栄養治療について
2 がん薬物療法患者における栄養評価
3 がん薬物療法における栄養治療
4 わが国で可能な栄養治療
4 高用量がん薬物療法や幹細胞移植における栄養治療について
1 適切な栄養治療と身体活動の確保
2 低細菌食
3 グルタミン
5 がんサバイバー
1 がんサバイバーの定義
2 がんサバイバーの身体活動と栄養治療
6 抗がん剤を投与していない進行がん・終末期がん患者への栄養治療
1 進行がん・終末期がん患者における栄養スクリーニングとアセスメント
2 進行がん・終末期がん患者への栄養治療
3 進行がん・終末期がん患者と家族の食に関する苦悩と輸液への思い
第3章 臨床疑問
CQ1-1
頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して,術前の一般的な
栄養治療(経口・経腸栄養,静脈栄養)を行うことは推奨されるか?
CQ1-2
頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して,
周術期に免疫栄養療法を行うことは推奨されるか?
CQ2
成人の根治目的のがん治療を終了したがん罹患経験者(再発を経験した者を除く)
に対して,栄養治療を行うことは推奨されるか?
CQ3
根治不能な進行性・再発性がんに罹患し,抗がん薬治療に不応・不耐となった
成人患者に対して,管理栄養士などによる栄養カウンセリングを行うことは
推奨されるか?
第4章 コラム
Q1 食事の量・体重が減っているなかでビタミンやミネラルなど必要な栄養素を
効率的に摂取する方法にはどのようなものがありますか?
Q2 栄養補助食品間で栄養の隔たりは出ないのですか?
Q3 筋肉(筋肉量)を落とさない食事療法はどのようなものがありますか?
Q4 抗がん薬による副作用への食事の工夫にはどのようなものがありますか?
Q5 がん治療による女性ホルモン抑制などの後遺症への対応にはどのようなものが
ありますか?(体重増加やコレステロール値上昇,骨粗しょう症発症などに
関する食事制限への対応策など)
あとがき
索引
栄養治療アルゴリズム
第1章 本ガイドラインの基本理念・概要
1.作成組織・作成方針
1 作成組織
2 作成経過
2.スコープ
1 がん患者の栄養治療の基本的特徴
2 本ガイドラインが取り扱う内容に関する事項
3 システマティックレビューに関する事項
4 推奨作成から最終化,公開までに関する事項
5 背景知識とコラム
6 公開
7 公開後の取り組み
第2章 背景知識
1.がん診療における代謝・栄養学
1 がん患者と栄養治療
2 がん患者における代謝・栄養状態の変化
1 がん患者の栄養・代謝障害の疫学
2 がん患者における食事摂取量と体重の変化
3 がん悪液質
3 栄養代謝変化と臨床転帰
1 がん患者における代謝・栄養障害の関連症状
2 代謝・栄養障害による抗がん治療への影響
3 代謝・栄養障害と生命予後
4 がん診療における栄養治療
1 がん診療における栄養治療の目的
2 栄養治療で期待される効果
3 栄養治療の早期開始の意義
4 栄養治療における多職種連携の意義
2.栄養評価と治療の実際
1 栄養評価
1 栄養スクリーニング
2 栄養アセスメント
3 栄養士が行う栄養評価
2 エネルギーおよび栄養基質
1 エネルギー必要量
2 必要たんぱく量
3 エネルギー基質の選択
4 ビタミンと微量元素
3 栄養治療
1 栄養指導(栄養カウンセリング)の効果
2 栄養投与経路の選択
3 栄養治療の有害事象
4 在宅栄養治療
4 運動療法(またはリハビリテーション)
1 がん患者における複合的介入
2 運動療法の種類
5 栄養治療における薬物療法
1 副腎皮質ホルモン剤
2 n3系脂肪酸
3 消化管運動促進薬
4 アナモレリン塩酸塩
5 その他のわが国でがん患者に用いる栄養剤
3.特定の患者カテゴリーへの介入
1 手術療法を受ける患者(手術患者)
1 周術期の栄養治療について
2 術後早期回復プログラム(ERAS)について
3 栄養障害のある手術患者の栄養治療
4 周術期の免疫栄養(immunonutrition)
2 放射線療法を受ける患者
1 放射線療法における栄養障害
2 管理栄養士による栄養カウンセリングと経口栄養補助
3 嚥下障害への予防的対応
4 経鼻胃管もしくは内視鏡的胃瘻造設術による予防的経腸栄養投与経路の確保と
早期の経腸栄養による栄養治療の実施
5 経口摂取,経腸栄養不耐性の場合の静脈栄養治療の実施
6 グルタミンが放射線性粘膜炎を予防する効果
7 プロバイオティクスの放射線誘発性の下痢への効果
8 粘膜障害への成分栄養の効果
3 がん薬物療法を受ける患者
1 がん薬物療法における栄養治療について
2 がん薬物療法患者における栄養評価
3 がん薬物療法における栄養治療
4 わが国で可能な栄養治療
4 高用量がん薬物療法や幹細胞移植における栄養治療について
1 適切な栄養治療と身体活動の確保
2 低細菌食
3 グルタミン
5 がんサバイバー
1 がんサバイバーの定義
2 がんサバイバーの身体活動と栄養治療
6 抗がん剤を投与していない進行がん・終末期がん患者への栄養治療
1 進行がん・終末期がん患者における栄養スクリーニングとアセスメント
2 進行がん・終末期がん患者への栄養治療
3 進行がん・終末期がん患者と家族の食に関する苦悩と輸液への思い
第3章 臨床疑問
CQ1-1
頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して,術前の一般的な
栄養治療(経口・経腸栄養,静脈栄養)を行うことは推奨されるか?
CQ1-2
頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して,
周術期に免疫栄養療法を行うことは推奨されるか?
CQ2
成人の根治目的のがん治療を終了したがん罹患経験者(再発を経験した者を除く)
に対して,栄養治療を行うことは推奨されるか?
CQ3
根治不能な進行性・再発性がんに罹患し,抗がん薬治療に不応・不耐となった
成人患者に対して,管理栄養士などによる栄養カウンセリングを行うことは
推奨されるか?
第4章 コラム
Q1 食事の量・体重が減っているなかでビタミンやミネラルなど必要な栄養素を
効率的に摂取する方法にはどのようなものがありますか?
Q2 栄養補助食品間で栄養の隔たりは出ないのですか?
Q3 筋肉(筋肉量)を落とさない食事療法はどのようなものがありますか?
Q4 抗がん薬による副作用への食事の工夫にはどのようなものがありますか?
Q5 がん治療による女性ホルモン抑制などの後遺症への対応にはどのようなものが
ありますか?(体重増加やコレステロール値上昇,骨粗しょう症発症などに
関する食事制限への対応策など)
あとがき
索引
<未来への第一歩となるJSPEN ガイドラインの発刊に寄せて>
私が日本栄養治療学会(JSPEN)の理事長としてまず成すべきことに(1)理事全員に働いていただく、(2)透明性を高めた運営、(3)学問ができる環境づくりを掲げて運営をしてきました。本ガイドラインの発刊はまさにこの(3)学問ができる環境づくりにはなくてはならない事業であり、小谷穣治前ガイドライン委員長にぜひともスピード感と実現性をもって、ガイドラインの完成を目指して欲しいと伝えたのが2021年のことでした。あれから3年が経過してついにJSPENの新たなるガイドライン『がん患者診療のための栄養治療ガイドライン2024年版 総論編』が発刊されることとなりました。
1998年4月『静脈・経腸栄養ガイドライン』、2000年7月『コメディカルのための静脈・経腸栄養ガイドライン』、2003年2月『コメディカルのための静脈・経腸栄養手技マニュアル』、2006年4月『静脈経腸栄養ガイドライン 第2版』、2013年5月『静脈経腸栄養ガイドライン 第3版』の発刊がありましたが、それ以来、新たなるガイドラインは発刊されていないという状況でした。その間、世の中は栄養の分野においても、より質の高いエビデンスを求めるようになり、JSPENの編集するガイドラインもエビデンスベースである必要があると考えました。一方、栄養の分野におけるエビデンスは化学療法や免疫療法などを用いたがんの臨床研究とは異なり、多くの質の高い研究が存在しないということから、エビデンスベースのガイドラインの作成は困難とされておりました。
JSPENではこのような栄養の分野におけるエビデンス創出の難しさの半面、ベッドサイドで生まれる多くの臨床疑問(clinical question:CQ)に対する返答をしなければならないと考え、犬飼道雄先生にコンセンサスブックの作成も依頼しました。2022年5月に発刊された『日本臨床栄養代謝学会JSPENコンセンサスブック(1)がん』は素晴らしい名著であり、一問一答方式でCQに答えをストレートに導く、まさに栄養治療を行うのになくてはならない教科書となりました。コンセンサスブックは次々とがん以外の分野においても発刊され3巻が発刊されています。しかしながら、このコンセンサスブックに示されている答えの多くは完璧なエビデンスより導かれたものではなく、現時点でJSPENのスタッフによって導き出せるCQに対する返答集であるといえます。
本ガイドラインは、真のエビデンスから導かれたCQに対する返答を記載する使命をもって小谷穣治前委員長のご指導の下、東別府直紀委員、釆野優委員、岡林雄大委員が中心となって多くのガイドライン委員らの努力によって編集が進められました。Minds方式を広く会員に理解していただくために、Minds方式で作成するCQと推奨はあえて限られた4つとなっております。一方、Minds方式で作成できなかったCQに対しては、背景知識として現況のエビデンスの解説を行っています。また、今回は患者代表が患者団体の方々から集められた疑問にお答えする「コラム」も加わっていることが特徴となります。一方で、現時点ですでにガイドラインとコンセンサスブックに齟齬が生じている部分(免疫栄養の推進など)もありますが、これらはガイドラインに沿ってコンセンサスブックを改訂してゆく必要があり、今後の事業となります。栄養の分野の科学研究はまさに発展途上であり、コンセンサスブックに挙げられた多くのCQに対してエビデンスが構築される都度、新たなるガイドラインがステップアップしてゆくという未来への道筋を考えております。どうか、このJSPENにおける新たなる第一歩である『がん患者診療のための栄養治療ガイドライン2024年版 総論編』を高いエビデンスにより構築された本邦初の栄養治療のガイドラインとしてご活用いただきたいと存じます。
2024年8月
一般社団法人日本栄養治療学会
理事長 比企 直樹
<挨拶>
日本栄養治療学会(JSPEN)の会員は、あらゆる職種の医療者からなり、その数は24,000人を超えます。その活動は、静脈栄養や経腸栄養などに限らず広く臨床栄養に関わる研究や教育を推進し、適正な栄養治療を普及させることで本邦の医学・医療の発展を栄養の側面から強力に推進してきました。しかし、栄養の研究は手術や薬剤の研究と異なり、対象症例の重症度や背景、栄養剤の構成素材や投与ルート、時期、量などが多様で、評価するアウトカムも生死や入院期間などに限らず多岐にわたることもあり、あるひとつの研究結果を普遍的な事象と捉えることが難しいのです。そこで、JSPENは、適正な栄養治療の普及のための活動として、さまざまな栄養治療に関する研究を収集し、評価して治療の参考となるガイドラインを作成してきました。具体的には、1998年4月に『静脈・経腸栄養ガイドライン』、2000年7月に『コメディカルのための静脈・経腸栄養ガイドライン』、2003年2月に『コメディカルのための静脈・経腸栄養手技マニュアル』、2006年4月に『静脈経腸栄養ガイドライン 第2版』、2013年5月には『静脈経腸栄養ガイドライン 第3版』を発行し、現在に至っています。
しかし、これらのガイドラインは、当時のガイドラインの多くがそうであったように、作成委員会のメンバーが、それぞれある専門分野のエビデンスを集めて評価して、推奨のドラフトを作成し、全体会議などで委員会内のコンセンサスをまとめて作成したものです。この作成方法では、専門家が作成するがゆえに深い洞察に基づいたエビデンスの評価や推奨作成が期待されますが、作成者個人、あるいは委員会構成メンバーの価値観、趣向、思い込みや信念に基づいた推奨が作成されることを排除できません。一方、国際的には2000年にGRADE(Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluation)Working Groupが設立され、ガイドライン作成方法としてGRADEシステムが報告されました。この方法は、科学的なエビデンスの総体を作成して、システマティックレビューにより評価し、作成過程では思い込みや隔たりを避ける方法を用いつつ、益と害のバランス、さらにはガイドラインが適用される人々の価値観や好み、医療資源などに鑑みて、最適と考えられる推奨を提示します。本邦では、公益財団法人日本医療機能評価機構が2011年度より厚生労働省委託事業・EBM普及推進事業(Minds)を運営し、ほぼGRADEシステムに沿った質の高い診療ガイドラインの作成を推進しています。
そこで、JSPENガイドライン委員会は従来の方法で作成した診療ガイドラインの後継として、新たにMindsの方法に沿った質の高い診療ガイドラインを作成、普及することを決定し、さまざまな苦難があり時間がかかりましたが、ようやく完成しました。本ガイドラインはJSPENが初めてMindsの方法、言い換えれば国際標準のGRADEシステムに準拠することから、会員にその作成方法を知って習得してもらうことも目的の一つでした。また、一つ一つの臨床疑問(clinical question:CQ)と推奨の作成に膨大な労力と時間がかかることから、ガイドラインの対象疾患を「がん」とし、CQは事前調査で推奨の方向が決定できるだけのエビデンスがあると予測された4つに限定し、ほかに臨床現場で問題となるテーマについては、推奨は行わず、エビデンスの紹介と現状の解説をしました。がん罹患経験者代表の方々にもガイドライン作成班に入っていただき、患者団体の方々からいただいた疑問を、「コラム」の形で解説しています。また、医療経済に詳しい外部委員2名に医療経済の面からエビデンスを評価していただいたことも本邦では新しい試みです。
さて、ガイドラインにおける推奨は、作成者たちの趣向や思い込みが排除されるために、臨床現場では一般的に行われている治療でも推奨に至らないこともよくあります。この場合、推奨の文言は「しないことを推奨する」となりますが、その真意はエビデンス、益と害などに鑑みて「推奨するに至らない」ということであって、「絶対にしてはいけない」という意味ではありません。
一方で、JSPENはコンセンサスブックを作成しています。これは従来のガイドラインに似ており、各領域の専門家がエビデンスを収集して、CQに対する回答や推奨を作成し、コンセンサス委員会のメンバーでの討議を経て作成されています。すなわち、一般的な、またはJSPENとしての考え方、推奨を解説しており、ベッドサイドで持ち上がるCQに対して詳細な解説がなされています。医療現場での意思決定には、ガイドラインをエビデンスの集大成として、コンセンサスブックを一般的な考え方やJSPENの勧める方針として、両方を対比・参照して役立てていただきたいと思います。なお、今後はコンセンサスブックで取り扱った各論部分がガイドラインとなる予定です。
最後に、ガイドラインやコンセンサスブックは多くの患者を対象とした研究成果をエビデンスとして評価して作成されているので、その推奨が眼前の一患者に常にそのまま適応できるとは限らないことを強調したいと思います。医療者は、ガイドラインやコンセンサスブックを参考にしながら、その患者の病態、背景、環境などを勘案し、さらには自らの経験や得意不得意(場合によっては信念や直感などもあるかもしれません)に基づいて治療方針を決定していただきたいと思います。したがって、ガイドラインの推奨が裁判での判決の根拠として利用されることはあってはならないことです。本ガイドラインが臨床現場における医療者の皆様の意思決定の支援となることを切に願うとともに、使用された方々のご意見やご批判をいただいて次のガイドライン作成の糧としたいと考えています。
2024年8月
一般社団法人日本栄養治療学会
がん患者診療のための栄養治療ガイドライン2024年版 総論編
統括班 班長
小谷 穣治
私が日本栄養治療学会(JSPEN)の理事長としてまず成すべきことに(1)理事全員に働いていただく、(2)透明性を高めた運営、(3)学問ができる環境づくりを掲げて運営をしてきました。本ガイドラインの発刊はまさにこの(3)学問ができる環境づくりにはなくてはならない事業であり、小谷穣治前ガイドライン委員長にぜひともスピード感と実現性をもって、ガイドラインの完成を目指して欲しいと伝えたのが2021年のことでした。あれから3年が経過してついにJSPENの新たなるガイドライン『がん患者診療のための栄養治療ガイドライン2024年版 総論編』が発刊されることとなりました。
1998年4月『静脈・経腸栄養ガイドライン』、2000年7月『コメディカルのための静脈・経腸栄養ガイドライン』、2003年2月『コメディカルのための静脈・経腸栄養手技マニュアル』、2006年4月『静脈経腸栄養ガイドライン 第2版』、2013年5月『静脈経腸栄養ガイドライン 第3版』の発刊がありましたが、それ以来、新たなるガイドラインは発刊されていないという状況でした。その間、世の中は栄養の分野においても、より質の高いエビデンスを求めるようになり、JSPENの編集するガイドラインもエビデンスベースである必要があると考えました。一方、栄養の分野におけるエビデンスは化学療法や免疫療法などを用いたがんの臨床研究とは異なり、多くの質の高い研究が存在しないということから、エビデンスベースのガイドラインの作成は困難とされておりました。
JSPENではこのような栄養の分野におけるエビデンス創出の難しさの半面、ベッドサイドで生まれる多くの臨床疑問(clinical question:CQ)に対する返答をしなければならないと考え、犬飼道雄先生にコンセンサスブックの作成も依頼しました。2022年5月に発刊された『日本臨床栄養代謝学会JSPENコンセンサスブック(1)がん』は素晴らしい名著であり、一問一答方式でCQに答えをストレートに導く、まさに栄養治療を行うのになくてはならない教科書となりました。コンセンサスブックは次々とがん以外の分野においても発刊され3巻が発刊されています。しかしながら、このコンセンサスブックに示されている答えの多くは完璧なエビデンスより導かれたものではなく、現時点でJSPENのスタッフによって導き出せるCQに対する返答集であるといえます。
本ガイドラインは、真のエビデンスから導かれたCQに対する返答を記載する使命をもって小谷穣治前委員長のご指導の下、東別府直紀委員、釆野優委員、岡林雄大委員が中心となって多くのガイドライン委員らの努力によって編集が進められました。Minds方式を広く会員に理解していただくために、Minds方式で作成するCQと推奨はあえて限られた4つとなっております。一方、Minds方式で作成できなかったCQに対しては、背景知識として現況のエビデンスの解説を行っています。また、今回は患者代表が患者団体の方々から集められた疑問にお答えする「コラム」も加わっていることが特徴となります。一方で、現時点ですでにガイドラインとコンセンサスブックに齟齬が生じている部分(免疫栄養の推進など)もありますが、これらはガイドラインに沿ってコンセンサスブックを改訂してゆく必要があり、今後の事業となります。栄養の分野の科学研究はまさに発展途上であり、コンセンサスブックに挙げられた多くのCQに対してエビデンスが構築される都度、新たなるガイドラインがステップアップしてゆくという未来への道筋を考えております。どうか、このJSPENにおける新たなる第一歩である『がん患者診療のための栄養治療ガイドライン2024年版 総論編』を高いエビデンスにより構築された本邦初の栄養治療のガイドラインとしてご活用いただきたいと存じます。
2024年8月
一般社団法人日本栄養治療学会
理事長 比企 直樹
<挨拶>
日本栄養治療学会(JSPEN)の会員は、あらゆる職種の医療者からなり、その数は24,000人を超えます。その活動は、静脈栄養や経腸栄養などに限らず広く臨床栄養に関わる研究や教育を推進し、適正な栄養治療を普及させることで本邦の医学・医療の発展を栄養の側面から強力に推進してきました。しかし、栄養の研究は手術や薬剤の研究と異なり、対象症例の重症度や背景、栄養剤の構成素材や投与ルート、時期、量などが多様で、評価するアウトカムも生死や入院期間などに限らず多岐にわたることもあり、あるひとつの研究結果を普遍的な事象と捉えることが難しいのです。そこで、JSPENは、適正な栄養治療の普及のための活動として、さまざまな栄養治療に関する研究を収集し、評価して治療の参考となるガイドラインを作成してきました。具体的には、1998年4月に『静脈・経腸栄養ガイドライン』、2000年7月に『コメディカルのための静脈・経腸栄養ガイドライン』、2003年2月に『コメディカルのための静脈・経腸栄養手技マニュアル』、2006年4月に『静脈経腸栄養ガイドライン 第2版』、2013年5月には『静脈経腸栄養ガイドライン 第3版』を発行し、現在に至っています。
しかし、これらのガイドラインは、当時のガイドラインの多くがそうであったように、作成委員会のメンバーが、それぞれある専門分野のエビデンスを集めて評価して、推奨のドラフトを作成し、全体会議などで委員会内のコンセンサスをまとめて作成したものです。この作成方法では、専門家が作成するがゆえに深い洞察に基づいたエビデンスの評価や推奨作成が期待されますが、作成者個人、あるいは委員会構成メンバーの価値観、趣向、思い込みや信念に基づいた推奨が作成されることを排除できません。一方、国際的には2000年にGRADE(Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluation)Working Groupが設立され、ガイドライン作成方法としてGRADEシステムが報告されました。この方法は、科学的なエビデンスの総体を作成して、システマティックレビューにより評価し、作成過程では思い込みや隔たりを避ける方法を用いつつ、益と害のバランス、さらにはガイドラインが適用される人々の価値観や好み、医療資源などに鑑みて、最適と考えられる推奨を提示します。本邦では、公益財団法人日本医療機能評価機構が2011年度より厚生労働省委託事業・EBM普及推進事業(Minds)を運営し、ほぼGRADEシステムに沿った質の高い診療ガイドラインの作成を推進しています。
そこで、JSPENガイドライン委員会は従来の方法で作成した診療ガイドラインの後継として、新たにMindsの方法に沿った質の高い診療ガイドラインを作成、普及することを決定し、さまざまな苦難があり時間がかかりましたが、ようやく完成しました。本ガイドラインはJSPENが初めてMindsの方法、言い換えれば国際標準のGRADEシステムに準拠することから、会員にその作成方法を知って習得してもらうことも目的の一つでした。また、一つ一つの臨床疑問(clinical question:CQ)と推奨の作成に膨大な労力と時間がかかることから、ガイドラインの対象疾患を「がん」とし、CQは事前調査で推奨の方向が決定できるだけのエビデンスがあると予測された4つに限定し、ほかに臨床現場で問題となるテーマについては、推奨は行わず、エビデンスの紹介と現状の解説をしました。がん罹患経験者代表の方々にもガイドライン作成班に入っていただき、患者団体の方々からいただいた疑問を、「コラム」の形で解説しています。また、医療経済に詳しい外部委員2名に医療経済の面からエビデンスを評価していただいたことも本邦では新しい試みです。
さて、ガイドラインにおける推奨は、作成者たちの趣向や思い込みが排除されるために、臨床現場では一般的に行われている治療でも推奨に至らないこともよくあります。この場合、推奨の文言は「しないことを推奨する」となりますが、その真意はエビデンス、益と害などに鑑みて「推奨するに至らない」ということであって、「絶対にしてはいけない」という意味ではありません。
一方で、JSPENはコンセンサスブックを作成しています。これは従来のガイドラインに似ており、各領域の専門家がエビデンスを収集して、CQに対する回答や推奨を作成し、コンセンサス委員会のメンバーでの討議を経て作成されています。すなわち、一般的な、またはJSPENとしての考え方、推奨を解説しており、ベッドサイドで持ち上がるCQに対して詳細な解説がなされています。医療現場での意思決定には、ガイドラインをエビデンスの集大成として、コンセンサスブックを一般的な考え方やJSPENの勧める方針として、両方を対比・参照して役立てていただきたいと思います。なお、今後はコンセンサスブックで取り扱った各論部分がガイドラインとなる予定です。
最後に、ガイドラインやコンセンサスブックは多くの患者を対象とした研究成果をエビデンスとして評価して作成されているので、その推奨が眼前の一患者に常にそのまま適応できるとは限らないことを強調したいと思います。医療者は、ガイドラインやコンセンサスブックを参考にしながら、その患者の病態、背景、環境などを勘案し、さらには自らの経験や得意不得意(場合によっては信念や直感などもあるかもしれません)に基づいて治療方針を決定していただきたいと思います。したがって、ガイドラインの推奨が裁判での判決の根拠として利用されることはあってはならないことです。本ガイドラインが臨床現場における医療者の皆様の意思決定の支援となることを切に願うとともに、使用された方々のご意見やご批判をいただいて次のガイドライン作成の糧としたいと考えています。
2024年8月
一般社団法人日本栄養治療学会
がん患者診療のための栄養治療ガイドライン2024年版 総論編
統括班 班長
小谷 穣治
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